高度がコーヒーの品質に与える影響
コーヒーの栽培環境における標高の違いは、コーヒー豆の成長や最終的なフレーバーに大きな影響を与える要因の一つである。標高の違いは、生化学的な変化や微生物の活動、さらには環境や土壌の特性を通じて、最終的なコーヒーのフレーバーに深く関わっている。本記事では、標高がコーヒーの風味にどのような影響を与えるのか、最新の研究成果とLuLaLao Coffee農園における実践に基づいて5つの主要な側面から探る。
なんとなく「標高は高いほうが良い」と大雑把に覚えておいても間違いないが、科学的に理解するほうがコーヒーは楽しくなるだろう。
▼ INDEX |
1. コーヒーには適切な標高がある? |
2. 生化学的変化と品質への影響 |
3. 微生物と代謝がフレーバーに及ぼす影響 |
4. 環境条件と土壌特性による品質の向上 |
5. 標高とポストーベストの相互作用 |
6. まとめ...ラオスはどうなの? |
1. コーヒーには適切な標高がある?
コーヒー栽培における標高は、コーヒー豆の成熟速度やその成長過程に大きく関わる。高地で栽培されるコーヒーは、一般的に低地で栽培されたものに比べて酸の明るさやフレーバーが優れている傾向にある。この理由の一つは、高地の冷涼な気候。気温が低いため、豆の成熟がゆっくり進行し、その結果、複雑でバランスの取れた風味が生まれる。
昼夜の温度差が大きく、寒暖差がコーヒー豆に特有のストレスを与える。豆の内部で糖や酸が形成されるプロセスを変化させ、結果として酸味や甘味が際立つ風味が生まれる。特に、標高が高いほど豆の密度が増し、物理的な品質も向上するとされている(Cassamo et al., 2022)。密度が高い豆には焙煎しにくさはあるものの、均一に熱が伝わりやすく、均質な味わいが得られることに寄与する。
辺りより一際高い農園
また、植物が寒暖差が激しい環境に適応する過程で、フレーバーに関わる成分が強化される。高地で栽培されたコーヒーは、特にスペシャルティコーヒー市場において高く評価され、バランスの取れた酸味、甘味、苦味の複雑な風味が特徴とされる(Nugroho et al., 2020)。その割には、寒すぎて霜が降りると一晩にして全てが枯れるワガママな一面もある。
2. 生化学的変化と品質への影響
先ほども説明したが、高地における豆内の生化学的変化をより詳しく説明する。高地であるほどカフェインやクロロゲン酸といった化合物の量が減り、代わりにニコチン酸の含有量が増加する傾向にある(Girma et al., 2020)。これにより、苦味が抑えられ、香りが豊かになるため、全体的に飲みやすいコーヒーに仕上がる。クロロゲン酸はコーヒーの苦味に大きく寄与するため、その減少はコーヒーのバランスを改善し、特に酸味や甘味を引き立てる要因となっている。
農園における朝霧の様子
また、標高によってタンパク質の発現に違いが見られることが明らかになっている(Fenrich et al., 2023)。高地で栽培されたコーヒー豆は、低温や低酸素環境に適応するため、特定のタンパク質が増加し、フレーバーの形成に影響を与える。この変化が、マウスフィールの向上やフレーバーの複雑さを形成する要因となっている。
さらに、ポリフェノールや糖類の生成も標高の影響を強く受ける。ポリフェノールは、コーヒーの酸味や渋味を形成する化合物であり、その含有量が高まると、酸味がより明瞭、つまり、より明るい酸を感じられるようになる。一方で、糖類の増加はコーヒーの甘味を引き出し、酸味とのバランスを取る役割、さらにはアフターテイストを向上させる役割を果たす。
3. 微生物と代謝がフレーバーに及ぼす影響
コーヒーの発酵プロセス (発酵の4段階について) における微生物の役割は、フレーバーの形成において非常に重要である。簡単に言えば、発酵とはコーヒーの風味に独特の深みや複雑性を与える過程であり、標高が高い地域ではその影響が顕著である。高地では気温が低いため微生物の発達がゆっくり進行することが知られている(Souza et al., 2022)。このゆっくりとした発酵が、コーヒーにより複雑で豊かな風味を与える。
発酵によって生成される代謝物も、カップ品質に直接的な影響を与える要素である。例えば、イノシトールやセロトニンといった代謝物は、コーヒーの甘味や香りに大きな影響を与え、高地で栽培されたコーヒー豆はこれらの代謝物の濃度が高い(Amalia et al., 2021)。これにより、最終的に提供されるコーヒーは、甘味が強く、香りが豊かなものとなり、消費者に深い印象を与える。
また、発酵によって生成される有機酸やエステル類も風味に大きな影響を与える。有機酸はコーヒーの酸味を強調し、エステル類はフルーティーな香りを引き出す要因となる。これらの化合物が発酵過程で生成されることで、コーヒーの風味がさらに複雑化し、より豊かな味わいを実現させる。
4. 環境条件と土壌特性による品質の向上
コーヒーの品質に対する標高の影響は、単なる気温や降水量といった気候条件だけでなく、高地ならではの土壌特性にも関係している。高地の土壌は、一般的に酸性度が高く、リンやカルシウムなどの特定のミネラルが豊富であることが知られている(Márquez et al., 2020)。もちろん、松が生い茂るような針葉樹林ではなく、混交林がほとんどである。そこで得られるミネラルは、コーヒーの栄養吸収を助け、風味の発展に寄与する要素となる。特に、リンは酸味の形成に重要な役割を果たし、カルシウムは風味のバランスを整える要因となる。
森を育てながらコーヒーも育てる北部農園
また、高地では降水量が多いため、適切な排水性がコーヒー豆の成長において重要な役割を果たす。土壌の排水性が良いと、根が酸素を十分に吸収しやすくなる。逆に、排水性が悪いと根が酸素不足に陥り、豆の成長が阻害される。そのため、標高の高い地域では、土壌の排水性がコーヒーの木を育てる上で鍵となる。
さらに、標高が高くなるほど、寒暖差によるストレスが増加し、これが豆の化学成分に影響を与えることが報告されている(Martinez et al., 2021)。特に、冷涼な気候や日照時間の短さが、豆の成熟速度に影響を与える。このような厳しい環境条件が、酸味や甘味、苦味のバランスを整える要因となる。
5. 標高とポストハーベストの相互作用
標高は、ポストハーベスト、すなわち収穫後の処理方法とも密接に関連している。特に、発酵や乾燥といった処理工程が標高によって最適化されることで、フレーバーに大きな影響を与える。例えば、ウォッシュドプロセスのような水洗式発酵は、高地で栽培されたコーヒー豆において、クリーンで明るい酸味を引き出すのに適している(Worku et al., 2018)。
一方で、ナチュラルプロセスは、果肉をつけたまま乾燥させる方法であり、フルーティーな甘味と複雑な風味を引き出すのに効果的である。この方法は、乾燥が比較的ゆっくり進行する高地に適しており、特に酸味と甘味のバランスを取りたい場合に有効である。しかし、高地では雨が多く、カビへの対処が必要であるため、厳密な乾燥プロセスにおける湿度や温度管理も求められる。
6. まとめ...ラオスはどうなの?
栄養素を計算しながらの堆肥作り
LuLaLao Coffee農園は北部シェンクワン県と南部チャンパサック県に位置する。それぞれ標高や気候条件に違いがあり、同じ品種であっても異なる特徴を持ち、違いを楽しむことができる。北部の農園は標高1300~1500メートル、南部の農園は1250~1350メートルと、その差は100m程度のわずかな差がある。
LuLaLao Coffee の Typica / Washed process を例として比べてみる。
北部: [XiengKhouang province] Typica/ Washed Process
南部: [Champasak province] Typica / Washed Process
比較的標高の低い南部の方が酸の複雑さは高い。つまり1杯のコーヒーの中から、より様々なフルーツを感じられる。その一方で、北部はフルーティーな中にもスパイス感があり、よりボディが強く、満足感のあるコクを感じられる。
これまで話してきた標高の話とは少し違い、少し違和感を覚える読者もいると思う。しかし、フレーバーに影響を与える要因は標高だけではない。むしろ、一定の標高を超えると、他の要因のほうが影響は強くなると考えている。
ラオスに限って言えば、南部の農園の方が品質は高いことが多い。これは確実に土壌の栄養素が関係している (これについては次回)。
このように、変数を「標高」の一つに絞って決めつけるのは良くないが、低いより高い方が糖分を蓄えた良い果実が実るということを覚えていて損はない。しかし、そのポテンシャルを活かすも、台無しにするも、その後の精製、特に発酵によって決まることは間違いない (発酵の4段階についてはこちらから)。