コーヒー精製の核心:発酵の4つの段階 [At the Core of Coffee Processing: The Four Stages of Fermentation]

コーヒー精製の核心:発酵の4つの段階 [At the Core of Coffee Processing: The Four Stages of Fermentation]

コーヒーのフレーバーは、単なる栽培や収穫だけでなく、発酵という重要なプロセスによって大きく変わる。発酵は微生物がコーヒー豆の化学成分を変化させ、複雑で独特な味わいや香りを生み出すプロセスである。酸味、甘味、フルーティーな香りを楽しむことができる一杯のコーヒーには、この発酵プロセスが大きく影響している。

LuLaLao Coffee 農園では、発酵プロセスを細かく管理し、各段階において調整を行っている。発酵開始から終了まで微生物の動きや発酵条件をコントロールすることで、独自の風味を引き出しているのだ。

ここでは、最新の研究論文から得られた知見と、私たちの農園で実施している発酵プロセスの詳細、発酵の各段階でどのような管理を行っているのかを併せて解説する。そして、この記事を読んで、より理解を深めるためにおすすめのコーヒーは以下の3つである。

[Champasak Province] Typica / Washed Process 

[XiengKhouang province] Typica/ Honey Process

[Champasak province] Typica / Natural Process

 ▼ INDEX
1. 私たちの農園での発酵プロセスの重要性
2. 農園での発酵管理 ― ラグフェーズの取り組み
3. ログフェーズでの風味強化技術
4. 定常フェーズでのバランス調整
5. デスフェーズでの風味保持の工夫
6.結論 ― 発酵を通じた農園のこだわりと未来

 

1. 私たちの農園での発酵プロセスの重要性

コーヒーの風味を形成する要素は数多く存在するが、その中でも特に重要な役割を果たすのが発酵プロセスである。LuLaLao Coffee は、この発酵プロセスに対して非常に強いこだわりを持ち、常に進化し続けている。発酵がコーヒーに与える影響は計り知れず、その一つ一つのステップが最終的な味わいや香りに大きく反映される。発酵が適切に行われれば、コーヒーはより豊かなフレーバーを持ち、酸味と甘味のバランスが絶妙な一杯となる。しかし、発酵が不適切であれば、風味は崩れ、オフフレーバー(香りが抜け落ちること)が発生する危険性がある。だからこそ、私たちはこの発酵工程を非常に慎重に管理している。

LuLaLao Coffee 農園では、発酵のすべてのステップを調整している。発酵には微生物の働きが不可欠であり、その活動がコーヒー豆の内部でどのように進むかを理解することが重要だ。発酵の段階を大きく分けると、以下の4つになる。

1. ラグフェーズ
2. ログフェーズ
3. 定常フェーズ
4. デスフェーズ

各フェーズごとに異なる微生物が活躍し、それぞれがコーヒーに特有の風味をもたらす。残念ながら、農園内で「どの微生物がいつ活躍しているか」を観察することはできない。だからこそ、この発酵の科学を基に、私たちは微生物の活動を最適化するために、温度、湿度、時間といった条件を理論的に管理している。これにより、農園ごとに異なる気候の中で、私たち独自の風味を引き出すことが可能となっている。

フルーティーで鮮やかな酸味、花のような香り、そして滑らかな甘味は、すべてこの発酵プロセスのおかげである。具体的に、発酵の最初の段階であるラグフェーズから見ていこう。

 

2. 農園での発酵管理 ― ラグフェーズの取り組み

最初の「ラグフェーズ」は、微生物の活動が徐々に活発になり、発酵の土台を築く段階である。ここでは、特定の微生物が環境を支配することで発酵を早期に促進し、風味の発展を助けることができる。実際、この初期段階は、後のフェーズで風味が複雑に変化するための「前駆物質」を形成する重要な役割を果たすのだ(Panji et al., 2018)

このラグフェーズでは、発酵が始まるための準備段階とも言える。具体的には、コーヒーの果肉やパルプに含まれる糖分が微生物のエサとなり、彼らの活動が徐々に活性化していく。この段階での微生物の役割は、後の段階で行われる複雑な発酵を支えるための「準備」を整えることにある。例えば、ウォッシュドプロセスであれば、発酵槽内で微生物が酸を生成し始めることでpHレベルを低下させ、その他の微生物よりも優位である環境を作り出す([Washed Process] ウォッシュドプロセスについて)。この環境は、コーヒーの酸味やフルーティーな風味を引き出す上で非常に重要である。

次は、このラグフェーズの成功がどのようにログフェーズの発酵を加速させ、コーヒーのフレーバーをさらに強化していくのかについて詳しく見ていこう。

 

3. ログフェーズでの風味強化技術


(発酵槽内のpHと温度を確認している写真)

「ログフェーズ」では、微生物の数が急速に増加し、化学変化が大幅に進む。特にこの段階では、揮発性化合物が生成され、コーヒーの香りや風味に大きく寄与する。研究によると、このログフェーズにおける時間が長くなるほど、フルーティーやフローラルな香りが強調され、カップスコアも向上することが確認されている。(Perez et al., 2023)

この段階では、糖分がアルコールや酸に変換され、揮発性の香り成分が大量に生成されることから、香りや風味の形成において極めて重要な役割を果たす。この過程で生成されるエステル類やアルデヒド類などの揮発性化合物が、コーヒーにフルーティーなアロマや花のような香りをもたらし、飲んだ時の風味の複雑さを高める。

LuLaLao Coffee 農園では、この段階をいかに「ゆっくり、そして長く」継続させることができるかが最も重要であると考えているため、時間や温度の管理を徹底的に行う。たとえば、温度をわずかに上げる / pHを下げることで微生物の活動を促進し、フルーティーな香りを強調することが可能だ。一方で、温度が高すぎると発酵が急速に進み、ログフェーズを終えてしまう。

基本的には発酵時間を長く取ることで、より多くの揮発性化合物が生成されるため、冷たい水を追加することで、水温を下げ / pHを上げて、微生物が最大限に発達することを求める。

 

4. 定常フェーズでのバランス調整

「定常フェーズ」に入ると、微生物の活動は安定し、味の前駆物質がさらにゆっくりと変化していく。このフェーズでは、酸味と甘味のバランスが取れるように微妙な調整が行われる。特に、クエン酸やキナ酸といった酸がこのフェーズで生成され、コーヒーの酸味に重要な影響を与える(Peñuela-Martínez et al., 2018)

この段階では、主な化学反応が穏やかに進行し、微生物によって生成された前駆物質がさらに複雑な味わいへと変化していく。特に酸味と甘味の調和が進むため、このフェーズは最終的な風味のバランスを整える上で非常に重要である。クエン酸やキナ酸といった酸が生成され、これらがコーヒーに独特の酸味をもたらす。これらの酸は、コーヒーの明るさやシャープな風味を作り出し、飲んだ際の味覚体験に直接影響を与える。

さらに、このフェーズでは甘味の形成も重要である。発酵が進むにつれて、糖が代謝され、発酵後のコーヒー豆にわずかな甘味が残る。そして、その甘みが質感を生み出し、マウスフィール、いわゆる口あたりの良いコーヒーに繋がる。この甘味と酸味のバランスが取れたとき、コーヒーは非常に複雑でありながらも一貫性のある味わいを持つようになる。

LuLaLao Coffee 農園では、コーヒーに適切な酸味を持たせるための要だと考えている。温度が高すぎると酸が過剰に生成され、過度に酸味が強くなってしまうが、温度が低すぎると酸の生成が不十分となり、味わいが平坦になる可能性がある。そのため、温度と発酵時間のバランスを慎重に見極めながら管理を行っている。

文面では簡単に聞こえるが、ウォッシュドであれば発酵槽内でミューシレージの多くは分解されている状態であり、いつ取り出しても良い状態である。むしろ「取り出したい」状態である。それは、この後すぐに迫り来るデスフェーズから逃れたいからなのだ。

  

5. デスフェーズでの風味保持の工夫

デスフェーズでは、微生物の活動が低下し、発酵が徐々に終息していく。この段階で重要なのは、既に形成された風味を崩さないよう、発酵を適切に管理することである。微生物の減少に伴い、いくつかの風味化合物も減少する可能性があるが、ここで温度や湿度を細かく制御することで、オフフレーバー(香りが抜けること)の発生を防ぐことができる(Yusianto & Widyotomo, 2013)

また、このフェーズではpHの変化やカフェイン含有量の減少も進行し、これがコーヒーの苦味や酸味に影響を与える(Pérez et al., 2022)。この微妙な変化をしっかりと管理することで、最終的なカップのバランスを保ち、コーヒーのクリアで鮮やかな風味を守ることができる。私たちの農園では、このデスフェーズにおける細かな調整を行い、コーヒー本来の複雑な味わいを最大限に引き出し、安定した品質を維持している。

簡単にデスフェーズを説明すると、「発酵の終わり」である。終わっているにも関わらず発酵槽にとどめておくと、腐敗に繋がる。 さらに、想像しにくいが、文字通り香りが消える。ほぼ全ての農家はオフフレーバーを恐れ、早めに発酵を強制終了させる傾向にある。しかし、それでは最高のフレーバーは生まれない。つまり、「発酵のジレンマ」がここにあると言える。

 

6. まとめ ― 発酵を通じた農園のこだわりと未来

発酵は、私たちの農園で生産されるコーヒーの品質を決定づける重要なプロセスである。ラグフェーズからデスフェーズに至る各段階での微細な調整と管理が、LuLaLao Coffee のコーヒーに独特の風味と複雑さを与えている。発酵の過程を丁寧に管理することで、フルーティーな香り、明るい酸味、そして豊かな甘味を持つ一杯を作り上げることができるのだ。

LuLaLao Coffee 農園では、伝統的な発酵方法に加えて、最新の技術や知見を取り入れながら、今後も発酵プロセスを進化させていく予定である。例えば、微生物の種類や動きを把握できるように、国際機関であるヨーロピアンユニオンなどと共同プロジェクトを実施している。こうした取り組みを通じて、安定した高品質のコーヒーを提供し続けることが可能となり、さらなる風味の向上も期待できる。

LuLaLao Coffee の目標は、常に進化を続け、ラオスからコーヒー愛好家に驚きと喜びを提供することである。発酵技術を磨きながら、これからも世界中の人々に私たちのコーヒーを楽しんでもらえるよう、品質の向上と探求を怠らずに取り組んでいく。

この記事でコーヒーの発酵に興味を持った人には、ぜひ以下のコーヒーを飲み比べてもらいたい。また、コーヒー農園の「気になる」がある人には、ぜひ連絡をしてほしい。

[Champasak Province] Typica / Washed Process 

[XiengKhouang province] Typica/ Honey Process

[Champasak province] Typica / Natural Process

それでは、楽しいコーヒーライフを! 

 

 [参考文献]

1. Panji, T., Priyono, P., Suharyanto, S., & Zainuddin, A. “CIRAGI”- The microbial fermentation starter for developing excellent coffee flavour. https://doi.org/10.1088/1755-1315/183/1/012015
2. Perez, J., Calderon, M. S., Bustamante, D. E., Caetano, A. C., Mendoza, J. E., & FERNANDEZ-GÜIMAC, S. L. Variability of volatile compound profiles during two coffee fermentation times in northern Peru using SPME-GC/MS. Brazilian Journal of Food Technology. https://doi.org/10.1590/1981-6723.07722
3. Cândido, T. A. T., Sepini, P. P., Abrão, P. de F. C., Oliveira, R. de, Campos, K. A., & Paiva, L. C. Effect of induced biological fermentations on coffee sensory quality. Coffee Science. https://doi.org/10.25186/CS.V14I4.1617
4. Vale, A. da S., Pereira, G. V. de M., Neto, D. P. de C., Rodrigues, C., Pagnoncelli, M. G. B., & Soccol, C. R. Effect of Co-Inoculation with Pichia fermentans and Pediococcus acidilactici on Metabolite Produced During Fermentation and Volatile Composition of Coffee Beans. Fermentation. https://doi.org/10.3390/FERMENTATION5030067
5. Peñuela-Martínez, A. E., Zapata-Zapata, A. D., & Durango-Restrepo, D. L. Performance of different fermentation methods and the effect on coffee quality (Coffea arabica L.). Coffee Science. https://doi.org/10.25186/CS.V13I4.1486
6. Pérez, V. O., Álvarez-Barreto, C. I., Matallana, L. G., Acuna, J. R., Echeverri, L. F., & Imbachí, L. C. Effect of Prolonged Fermentations of Coffee Mucilage with Different Stages of Maturity on the Quality and Chemical Composition of the Bean. Fermentation. https://doi.org/10.3390/fermentation8100519
7. Yusianto, Y., & Widyotomo, S. Quality and Flavor Profiles of Arabica Coffee Processed by Some Fermentation Treatments: Temperature, Containers, and Fermentation Agents Addition. Pelita Perkebunan: A Coffee and Cocoa Research Journal. https://doi.org/10.22302/ICCRI.JUR.PELITAPERKEBUNAN.V29I3.14
8. Komaria, N., Suratno, S., Sudarti, S., & Dafik, D. The effect of fermentation on acidity, caffeine and taste cascara robusta coffee. https://doi.org/10.1088/1742-6596/1751/1/012062

 

 

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ここでは、最新の研究論文から得られた知見と、私たちの農園で実施している発酵プロセスの詳細、発酵の各段階でどのような管理を行っているのかを併せて解説する。

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